DQ11

時間がないので、寝る前少しづつ進めていたのですが、
ようやくクリアしたみたいです。

「みたい」というのは、
今回、要素がいろいろあって、
たぶん2周めに入るとまた違うのかもしれないけど、
それはいいかな、と。

ゲームに対する評価も概ね好評ですね。
和製RPGへのジャンルそのものへの批判はあっても、
「ドラクエ」ってこういうものだから、
こういうものが嫌いな人は、そもそもやらなければいいだけだし。
だからターン制バトルや、お涙演出が嫌いな人は、
そもそもやらなきゃいいだけで。

で、今回はゲームにおける「決断」の話。

ドラクエVの秀逸な所に、「ユーザーが花嫁を選ぶ」というシステムがありました。
それまでのドラクエ、例えばドラクエ1にも選択はあったのですが、
それは「せかいのはんぶんをおまえにやろう」などという、
どう考えても容易な判断で、初見のユーザーがまず迷わない選択です。
しかし、5では、どちらかの嫁を選ぶなら、どちらかとの冒険を諦めなければいけません。
この「可能性の放棄」は、実はかなりのストレスです。
まぁもっともセーブデータを2つ作って2周めをやれば良いんですけどね。

ドラクエビルダーズでも、やはり、ユーザーに究極の選択を迫られます。
ネタバレになりますからあまり詳しく書きませんが、
ゲーム内における自分の存在意義を問う(自己の喪失をかけた)選択です。

そして、11では、もっとも過酷な「決断」を迫られます。
超絶ネタバレなので、書けませんが、
「この選択をプレイしているキッズたちに問うのか?」
と面食らいました。

未来に進むために、
ユーザーに大切なものを捨てさせるのです。

もちろん、そこはゲームですから、
きちんと捨てさせるものは回収します。
しかし、この決断は、さすがに一瞬躊躇し、
世界をまわって考えました。
そして、勇気を出して決断するわけです。
このゲームは文字通りプレイヤーを「ゆうしゃ」にするんだな、
そう思った次第。

これは、正直、私自身考える所が多く、
いや、人は前に進むために誰しも考えるのでしょうが、
冒険を前に進めるために、私もなけなしの勇気を振り絞らなければならないな、
そんな風に考えています。

まだ、冒険をつづけるために。